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2010年8月31日火曜日

私の出産(二人目)

二人目出産の記録

 

36W6D

朝少し色の(赤)ついておりものが!!

その後、張りはあるもののな~んにも他には変化なし

この頃から、ちょくちょく夜中になると張ることが増えてきた

38W4D

妊婦健診

子宮口3・5cm!赤ちゃんの頭も下がってきてる!

いつ産まれてきてもおかしくないから心の準備を!といわれる。

7月18日(4日前)

夜中に目が覚めるほどのお腹の張りが!(前駆陣痛)

でも、時間を計るものの規則正しくなく・・・

朝になると遠のいていく・・・

7月20日(2日前)

またしても夜中に前駆陣痛

時間を計って、10分間隔で病院へ電話しようか迷う

でもいつの間にか寝てしまい、朝がきてた・・・

陣痛はまた遠のいていた

7月21日(前日)

午前 妊婦健診

子宮は4cm、やわらかくなってきているし赤ちゃんも下がってきてる!

内診で結構刺激をされた!

終了後

13:00~

10分間隔で弱い陣痛が続いていた(我慢できる痛み)

買い物して帰って、ご飯の準備をしたりした

ナオの保育園のお迎え行って

寝かしつけして

7月22日(当日)

0:00 目が覚めるような陣痛がきた!

時間を計ってみたら10分間隔

段々痛くなってきた

1:30 病院に電話

2:30 病院に到着でも

内診したら子宮口4cm

3:00 子宮口8cm、NSTは2分間隔で陣痛がきてる

もう少しかかるだろうとKCはコンビニへ(30分くらい)

その間に強い陣痛がきて

4:00 分娩室へ

子宮口は8cm

破水するかも~って言われていたんだけどしなかったから?

助産師さんが

「一回いきんでみて~!」

でいきんだら破水。

「え?もう産まれてきますか?」って聞いたら

「うん、もうすぐくるよ~!」

「ええ~!!まじ?」

「横になった方が楽そうだから横で産もうか!」

「あ・はい・・・」

その後も陣痛があって~

いきんで~

自分で左足を持ち上げながら

いきんで~

「みてみて~出てくるよ~!!」

と助産師さんに言われて~

5:07 誕生!!!!!

平成22年7月22日

体重3362g、身長49cm、頭囲33cm、胸囲33cm

母33歳(なんともぞろ目続き)

その後、胎盤出して少しきれたので処理をしてもらい

(担当の先生が 若干間に合いませんでした~みたいな。)

その後、ナオの時はできなかったカンガルーケアをしました

へ~こんな感じなんだな~とか、

こんなに抱っこしてて平気なの?って少し不安になってみたり、

しわしわで、ガッツさんのような顔をしているな~って思ったり、

そんなこんなで2時間休んでから、病室があくまで(混み混みの病院のため?)

陣痛室にいたのでした。

その後、質素な朝ごはんを食べましたとさ。

終わり

2008年1月7日月曜日

私のお産

H19・12・2(日) 朝4:30~

今までとは、違うお腹の張りと痛みが襲う(11/28のフライングしたときのお腹の痛みとは確実に違った)

朝ごはんをつくり食べて病院に電話

もう少し様子を見て5分~7分間隔になったらまた連絡して、とのこと。

9:00~

陣痛間隔は10分~5分。でも不規則なのでもうしばらく様子をみることに。

11:00~

陣痛間隔は5分~7分。もう一度病院に連絡をして入院準備をして病院に向かった。

12:00~病院到着。

内診。子宮口1~2cm。でもかなりやわらかくなってきているとのこと。

入院手続きをして、陣痛室に入れてもらった。

陣痛と戦った。KCがついていてくれて、腰をさすってくれた。

痛くなるたびにナースコールをしてしまった。

大体それが2時間毎。そのたびに子宮口は1cmづつ開いていった。


21:00~

子宮口10cm。分娩室へ移動。

順調の様に思えたが・・・ここからが長かった・・・

(今思うと、ナースコールを頻繁に鳴らしてしまったから、うざがられたのかな?)

(だから、ナースコールのできない分娩室へ???)

ベットにバスタオル一枚。

長めの病衣を借りていたが、下がガラ開き。

KCは立ち合う予定ではないということで、そのまま陣痛室に残っていた。

そんななか、たまに看護師さんが腰をさすってくれたけど、いそがしそうで・・・

なにしろ、分娩室を半分にした反対側では、お産をしている最中だった・・・。

とにかく痛い、腰の痛さもピークになりそれでも、陣痛は定期的にやってくる

ほどなく、ぽん!っと音がして破水した。

ベットがびしょびしょになった。

そのあと、ビニールのようなシーツを敷いて、またまた陣痛との戦い

たまに、助産師さんがきて、子宮の中に刺激を与えられて・・

それがまた痛いのなんの・・・

次は、私か・・・と心の準備をしていたが・・・

赤ちゃんの頭が、降りてきていないとのこと。

H19・12.3(月)

それが原因で、とうとう12月3日になってしまった・・・

時間ばかりが過ぎてゆく・・・

その間は、陣痛で寝れるわけでもなく食欲もなく、飲むものもなくなってしまった・・・

長い間、痛みと戦ったせいで陣痛がくるとおしりの穴でいきんでしまうようになっていた。

KCは朝の5時まで陣痛室で待っていてくれた。

でも、月曜で仕事もあるだろうからといって家に帰した・・・。

(夜中はたまに助産師さんがきたけど、ほとんど分娩室に私一人ぼっちだった・・・痛い上に、ものすごく寂しいし、寒いし・・・辛さ倍だった・・)

AM6:30~

分娩室の反対側にベットごと移動。

とうとう、産めるんだ!っと思ったら・・・今まで私がいたところで他の人のお産が始まってしまった・・・

「嘘でしょ?」って思った・・・ものすごく切なかった・・・

寒気がしてきた・・寒いと伝えたらやっと毛布をかけてくれた・・・

それでも寒くて2枚毛布をかけてもらった。。。

体力も限界になってきた。意識がもうろうとしている。

(もう、産むの今日は無理!って思った。できることなら明日にしたいと思った。できることなら・・・)

7:30~

やっと、私のお産をする時がやってきた。

担当してくれる助産師さんがやってきた。

はじめからこの、助産師さんに面倒みてもらいたかった。

というくらい、色々と気を使ってくれるし、陣痛きたときの呼吸法を一緒にしてくれた。

今までの助産師さんは、そんなことひとつも教えてくれなかったー!!

実際に、本で読んではいても本番ではできないものだと思った。

寒気がすることを伝えたら、熱を測ってくれた。

「39・9度」

寒いわけだ・・・

熱が出たため、それようの点滴を打った。

それと、もう限界がきてるのでと、陣痛を強める点滴も打った。

待つこと30分~1時間。

やっと、先生がやってきた。

先生が言った

「だいぶ体力も落ちてきてるだろうから、吸引してこちらも、お産に手伝うから!でも、あくまでも手伝いだからね、ほとんどはお母さんの力だけど」

心強い!!助かる!!

心の底からそう思った。

さぁ、始まった!

まずは、赤ちゃんの頭に吸盤をセットした。

さあ、いきんで!!といわれて、助産師さんに教わったとおりに力をこめていきんだ。

思いっきり息を吸い、息を止めて、うーーーーーんと目をあけて押し出す!

(途中、チョキンとはさみで切られた音がした。これが会陰切開か)

このいきみを7回くらい続けただろうか。

途中先生は、言っていた

「俺ほとんどひっぱってないよ、自分の力だけで出してるよ~」

(そりゃそうだ!残っている私の最後の底力なのだから・・・早く終わりたい!!その一心で・・・)

そして、とうとう

でた

「12月3日、午前10時44分、3352g、男の子」

この時間は10分程度だった。あっという間。

先生に洗ってもらっている我が子を、意識もうろうと見ていた私。

その間、助産師さんがお腹をおして胎盤をだしていたけれど、その後はもう、まかせっきり。切開したところを縫ったり、体を拭いてもらったり。

出産が終わったら「感動する」とか、「すっきりする」とか「涙が出る」とか色々と聞いていたけれど・・・

とにかく、「終わった・・」としか思えなかった私。

そんなこんなで、私の出産は終わった。

なにやら羊水が濁っていたらしく、我が子は早々と小児科で診察することになり、カンガルーケアもないまま行ってしまった・・・

後でわかったけど、お腹の中のあかちゃんは、苦しいとお腹の中でウンチをしてしまうらしい。

それで羊水が濁ってしまったんだとわかった。

感染症の疑いがあるかも。とのことで点滴をするため4日間小児科へ入院となったのだった・・・。

私も苦しかったけど、お腹の中の赤ちゃんも苦しかったんだな。

お産は、母と子の共同作業だと聞いていたけれど、私が苦しかった間、我が子もそりゃあ苦しかったのであろう。

そう思うと、切ないような・・・

でも、とても愛しく思いました。

以上です。

母子手帳には分娩時間25時間と記載されております。